« モンゴロイドの区分 | メイン | 修養科以外の講習会としては »

白石太一郎はさらに

白石太一郎はさらに、奈良盆地・京都盆地から大阪平野にかけて、北の淀川水系と南の大和川水系では古墳のあり方が大きく相違していることに着目し、「ヤマト」はむしろ大和川水系の地域、すなわち後代の大和と河内(和泉ふくむ)を合わせた地域である、としている。

「朝廷」の語については、天子が政務や儀式をおこなう政庁が原義であり、転じて、天子を中心とする官僚組織をともなった中央集権的な政府および政権を意味するところから、君主号として「天子」もしくは「天皇」号が成立せず、また諸官制の整わない状況において「朝廷」の用語を用いるのは不適切であるという認識が歴史学界、考古学界の趨勢を占めている。
京都のおばさん
桐美のブログ
苦い時間
君こそスターだ
月のうさぎ
孤独なシンデレラ
幸せアルバム
紅花生活奮闘記
座敷わらしの孤独
彩華注目のスポーツ!
桜子の花より団子
子鹿のバンビ
紙飛行機
自分の実績
就職活動報告
週末住宅記
春のレイン
勝手にしやがれ
小さな木の実
湘南サーファー

中学校社会科の歴史分野の教科書においては、「ヤマト王権」としていたのは帝国書院、「大和政権」を使用してる出版社は東京書籍、清水書院、大阪書籍、教育出版、日文であったのに対し、「大和朝廷」を使っていたのは扶桑社・日本書籍版であった(いずれも平成18年度)。高等学校地理歴史科の日本史教科書においては、笹山晴生ほか『詳説日本史』(山川出版社)、江坂輝弥ほか『高等学校新日本史B』(桐原書店)、加藤友康ほか『高等学校日本史B 改訂版』(清水書院)などではいずれも「ヤマト政権」、大津透ほか『新日本史』(山川出版社)では「ヤマト(大和)政権」、尾藤正英ほか『新選日本史B』(東京書籍)では「大和王権」などとなっている。

小国の分立
弥生時代にあっても、『後漢書』東夷伝に「倭国王帥升」の記述があるように、「倭」と称される一定の領域があり、「王」とよばれる君主がいたことがわかる。ただし、その政治組織の詳細は不明であり、『魏志』倭人伝には「今使訳通ずる所三十国」の記載があることから、3世紀にいたるまで小国分立の状態がつづいたとみられる。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.jsguih.com/blog/mt-tb.cgi/1279

About

2009年11月26日 00:28に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「モンゴロイドの区分」です。

次の投稿は「修養科以外の講習会としては」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35